「日本人DFとして偉大な一歩を刻んだ名選手」内田篤人選手、現役引退の発表に寄せて

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昨日、鹿島アントラーズの内田篤人選手が引退するというニュースが飛び込んで来ました。

その一報を受けて、古巣のシャルケ04公式もすぐさまTwitterで感謝を表し、リプライ欄にはシャルケサポーターからの引退を惜しむ言葉が連なっています。

史上初のチャンピオンズリーグ史上初の日本人対決を戦い、代表でも長くSBコンビを組んだ長友からもTweetがありました。

欧州トップリーグの経験こそが代表の強化に必要と考えて、長らく海外組の応援を基本スタンスとして来た私にとっても、シャルケ時代の内田選手には随分楽しませていただきました。

同じ時期に移籍した香川の陰に隠れてはいましたが、当時のシャルケはノイアー、ファルファン、ヘヴェデス、ドラクスラー、マティプ、パパドプロス、ラウール、フンテラールといった各国代表クラスのスターが揃い、ブンデスリーガ4強と言える勢力を誇り、ファルファンとのコンビネーション、ラウールとフンテラールへの楔のパスなど、そのビルドアップ能力は間違いなくワールドクラスでした。

海外のトップレベルで活躍した実績を持っていたのは中田英寿ぐらいで、さらに守備的ポジションでは日本人は全く欧州での実績が無かった中、CL常連の強豪であっさりレギュラーを勝ち取り、おそらく久保が破るまで保持するであろうCLでの日本人最長出場時間記録を打ち立てたのだから立派と言うしかありません。

今でこそ、長友や吉田麻也、冨安、長谷部など海外で活躍するDFは増えましたが、内田の活躍が無ければもっと日本人DFの欧州進出が遅れる事になっていたでしょう。

そして代表でも不動のレギュラーとして日本と欧州の過酷な往復をこなし、ブラジルW杯では怪我を押して出場し、本田を中心とした”自分たちのサッカー”が通用せず、周りが茫然自失状態になって不甲斐ないプレイを見せる中、意地を見せて一人気を吐いたプレイを見せました。それが結果的に腱の石灰化という難病を進行させ、引退を早めてしまったのは皮肉でした。

しかしそんな不運や不満はおくびにも出さず、芸能人のようなルックスでクールな物言いをするため誤解されがちですが、心の奥底には誰よりもサッカーに対して熱い情熱を秘めていた選手でした。是非とも、引退後は指導者の道を歩んでいただき、その貴重な経験を若手に伝えていただきたいと思います。大変お疲れさまでした!

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