2003年1月17日

・ジーコサッカー仮説

注)これはあくまで電波入り仮説であるので、眉につばをたっぷり付けて読んでほしい。

ジーコジャパンになってから、欧州組4人を82年ブラジル代表の「黄金の中盤」と重ね合わすマスコミの論調が目立っているが、フットボールカンファレンスでの講演やジーコの本などを読むにつけ、黄金の中盤だけではなくて、本当に82年を再現しようとしているのではないかと思うようになってきた。

ジーコが主張している、規律・献身・自由をバランスさせたサッカー観や4−4−2、4−3−3のフォーメーションも、こことリンクさせていただいているVariety Footballの「フットボールと監督」シリーズ第2回の、当時の監督であったテレ・サンターナ氏についての解説を読むと、監督就任以来のジーコの主張とほぼ同じである事が分かる。そしてそのチームの中心はジーコである。つまり、82年ブラジル=ジーコそのものであり、そして今まで監督として特別な学習をしていないだろうという事を考えると、ジーコ=82年ブラジルなのではないか。

そう考えると、3バックに否定的なのも理解しやすい。もしトルシエに3バックと4バックのメリット・デメリットを聞けば、瞬時に口角泡を飛ばすようにして理屈を並べ始めるだろう。しかしジーコにとってサッカーとは4バックであり、3バックが別のスポーツのように彼の理解の範疇外になっている可能性がある。もうちょっと良く取ると、頭で理解していたとしても、自分の経験の中に無いものを教える事の危険性をジーコは感じているのではないだろうか。

トルシエの場合は、選手としての高い経験が無かったために、結局頼るものは「己の理論」であった。言わば、ハーバードビジネススクールでMBAを取ったビジネスコンサルタントのように、最新の理論と傾向が分析されたクレールフォンテーヌ印の教科書をベースとした理論で勝負せざるを得なかったのだ。

それに対してジーコは職人の親方であると言えよう。例えば大工の棟梁に「コンセプトは?」と聞いたところで、「・・・良い仕事をするだけ」と言われるだけだろう。もちろんそこには、良い職人同士がお互いを判って仕事を進めれば、CADや工程管理システムなどに頼らなくてもはるかにスムーズに立派な家が建つ、と言う論理があるわけだ。

従って、彼にとって教育とは自分の高い経験を伝えて選手を立派な職人に育て上げる事であり、選考とは過去の名職人の技の基準を満たしているかどうかであって、それは82年のメンバーの特徴に近い選手を意味しているのではないか。さらにうがった見方をすると、帰化発言についても、そのメンバーにとうてい及ばないレベルの選手しか日本に存在しなかった場合の事を本気で考えているのではないか。鍛えればモノになるかどうかが判ってしまうのも、また職人なのだ。

ここで私が賀川さんなら、あの時は4人以外でもジュニオールやエデルがこうで・・・などとすらすらとプレイ解説ができるのだろうが、当時の、ダイジェストじゃないフルの試合の映像があるわけでも無く、ネットで調べても「黄金の中盤の素晴らしいパス回し」ぐらいの表現しかないので、具体的な特徴がわからないのが残念である。当時右SBだった(らしい)レアンドロはそんなに名良橋に似ていたのだろうかと想像するのが関の山だったりする(笑)。

もちろん、ジーコが現代にマッチした全く違うチームを考えている可能性はある。しかし、今の時点ではこういった「邪推」を否定するだけの確証が無いのも、また確かなのである。

私自身は、こういう事を頭の片隅に入れながら、じっくり春からの試合を見させてもらうつもりである。


サッカーコラムマガジン「蹴閑ガゼッタ」