2003年9月8日

・変化するメディアと視聴者の関係

先週、突然WOWOWがそれまで持っていたNHKBSとスカパーからスペインリーグの独占放映権を獲得し、それを受けてWOWOWの局アナである岩佐氏が自分のサイトで「リーガ、ゲッツ!」と放映権獲得についての喜びとスカパーに対するあてつけを、悪気は無かったのだろうが正直にコラムに書いてしまい、放送枠が減った事に怒る視聴者からBBSに無数の罵詈雑言が書き込まれ、コラムの削除とBBSの閉鎖を余儀なくされるという事件があった。

サッカーを愛する岩佐氏にしてみれば、CLをスカパーに奪われて悲しんでいたところにスペインリーグ獲得の知らせを聞いて、自分が放送を担当できる喜びと、スカパーより質の高い実況をやるぞという意気込みが溢れてしまってああいう文章になったのだと思うが、やはり気の毒ではあるが若干軽率だったと言わざるを得ない。もっとも、ことさらどちらが良いとか悪いとかをいちいちここで語るつもりは無い。私が注目したのは、この騒動におけるメディアと視聴者の意識や立場の変化についてである。

従来、メディアと視聴者との関係は、戦後に読売が巨人人気を作り上げてきたように、おおむね上意下達、つまりメディアが一方的に情報を発信し、視聴者はその情報によってコントロールされるという図式であった。この巨人戦略が成功したのも、相撲以外に日常的なスポーツ観戦の機会が無かった茶の間に対し新聞やテレビを使って集中的に情報を供給する事によって、自然とチームに親しみファンとなるといった「刷り込み効果」が可能だったからこそである。

しかし、スカパーによってもたらされた多チャンネルというメディアでは、視聴者は最初からどのチームでも自分の好みによって選ぶ事が出来るわけである。つまり、野球の巨人戦のような「刷り込み効果」というものは期待できず、自分の好きなプレイヤーがいる、自分の好みのサッカーをしている、スタジアムの雰囲気が良いなどといった、完全に視聴者の嗜好によって見る試合が選択されてしまうのである。

好みという加点法でチームを選択したファンは消去法でチームが選択されたファンに比べると、当然コア層が多くライト層が少ない構成になるため、いざ見れなくなったという時の反発はより激しくなってしまうのである。しかも人間は、贅沢に一旦慣れてしまうと、元の生活に戻る事を極度に嫌う困った生物であり、最近は手軽に情報を逆発信できるネットという手段を持っているから余計に突風が吹き荒れてしまったのであろう。全くサイトを持つのも命がけである(笑)。

WOWOWと岩佐氏の誤算は、そういった多チャンネル化によるファン層の変化を読む事が出来ずに、「サッカーファンは面白ければ何でも見るだろう」とか「人気の高いレアル戦をメインに放送すればファンはおおむね満足してくれるだろう」といった旧来のメディア側の価値観で判断してしまった事のように思う。

誰かが「日本総オタク化」などと言った事があったが、今やサッカーに限らず映画のシネマコンプレックス化や熱海、伊東などのメジャー温泉旅館の経営難などを見ても、「ブームと聞けば争って金を使う」といったバブル的価値観から「自分が気に入ったものにだけ金を使う」というコアな、オタク的価値観に比重が移ってきていて、レアルのような人気チームをエサに年間契約で儲けるといったWOWOWのビジネスモデルがオタクの時代に取り残されつつあると言えるのではないだろうか。

これから地上波デジタル放送が始まり、放送局同士で良質のスポーツコンテンツの奪い合いが激化する時代がやってくる事が予想されるが、いつまでも「放映権さえ取れれば視聴者はついて来てくれる」などと従来の価値観にあぐらをかいた姿勢でいるようでは、WOWOW同様に多チャンネルの時代を生き抜くことは出来ないだろう。

タダであれば見てみようかというライト層の新規獲得と、有料であってもお気に入りのチームは外せないというコア層の育成、多チャンネル化で分散されるCMへのスポンサー対策も含めて難しい戦略がこれからのメディアには求められているように思うのである。


サッカーコラムマガジン「蹴閑ガゼッタ」