「創造と破壊のダイナミックス」後藤健生著 双葉社 |
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このサイトでは後藤氏の本を取り上げるのは、この本が初めてになるのは自分でもちょっと意外だが、文章や論理にスキと言うか遊びが少ないのでちょっと書きにくさがあったのかもしれない(笑)。
さて、この本だがいわゆるトルシエジャパン総括本である。途中、おそらくトルシエを人間的にあまり好んでいない後藤氏の筆にややニュートラルさを欠いた批判の色が強くなる部分はあるが、全体的には非常に理にかなった冷静な分析がされている。特に今でもネット上でヒステリックな電波が飛び回る事の多いトルコ戦についても、トルシエの采配を問題視しながらも、選手の闘争心の欠如や経験不足を指摘し、過不足無い総括に仕上げているのはさすがである。
ただし、あとがきでトルシエの4年間のテーマとして「破壊」と言うキーワードを使ったのは、ちょっと蛇足な面があったように思う。確かに、サンドニからスペイン戦に至るチームコンセプトの破壊、そしてイタリア戦で完成してしまったチームに対する刺激としてのテスト起用やポジション争いの破壊、最後にフラット3の破壊とトルコ戦の破壊とうまく例えているように見えるが、「何故破壊に見えるような行為をしてきたのか」という内面部分まで突っ込んで考察されていないので、中に人間を感じさせない軽い言葉になってしまっているのが残念である。
ここに僭越を承知で私見を付け加えさせてもらうなら、「信念と臆病」という言葉を挙げてみたい。日本的な慣習に囚われた協会やマスコミを敵にしても、フラット3を始めとして己のやり方を突き通し、解任報道やサンドニで打撃をくらっても新たに立ち上がるようなエネルギーとしての信念。そして、イタリア戦で完成した(と思い込んだ)チームをなるべく変えずに刺激を与えようとしたり、トルコ戦の先発変更や戦術的に疑問に思いながらも中田を最後まで残した事など、安住に対しても完全な破壊に対しても恐れる臆病さ。そのアンバランスと言うか人間的な矛盾が、ジーコジャパンになった今でも話題の中心になってしまうトルシエという存在を象徴しているのではないだろうか。
ちょっと脱線が過ぎてしまったが、ともかくこの本さえ読んでおけば、去年の年末に沸いて出た、W杯総括特集本やテレビなど全て忘れ去ってもかまわないと断言できる。もちろんW杯の総括としてだけでなく、これからジーコジャパンを論じる上でも、前体制の成果と問題点の把握という点で、是非読んでおきたい本である。