「8割の力じゃゾーンディフェンスのお手本には苦戦する」ブラジルW杯ベスト16 アルゼンチン-スイス

今大会で最も不思議なチームはどこかと言われたら、個人的には文句なしにアルゼンチンを挙げるだろう。

何しろエースのメッシが全然走らない。これまでの試合では平均で8kmちょっとの走行距離しか残せず、このスイス戦でも120分間フル出場したにも関わらず10km台という現代サッカーではあり得ない地蔵っぷり。しかし、ボールを持てば2人3人抜きは当たり前で、90分のうちわずか5秒だけの仕事で試合を決めてしまう。

その代わり、イグアインやアグエロ、ディマリアといった各ビッグクラブでスタメンを確保しているビッグネームが粉骨砕身攻守に走り回り、メッシ様に気持よくお仕事をしていただくための存在に成り下がっている。マラドーナが現役だった試合をフルで見る機会が無かったので単純比較は出来ないが、マラドーナのための大会と呼ばれたメキシコ大会のアルゼンチンに匹敵するぐらい、全てをメッシに依存したチームである事は確かだろう。

もう1つ不思議な点は、118分でギリギリ決着が決まったこのスイス戦を見ても、アルゼンチンが試合で8割程度の力しか出してないように見えるところだ。堅く守るスイスに対して攻めあぐねた前半を経て、後半は左SBのロホを中心に分厚いサイド攻撃を仕掛けて点を取るのは時間の問題と思えるぐらいに押し込んだら10分で勢いが止まり、延長に入って今度はDFラインの裏へとイグアインやパラシオを走らせてチャンスを作ったと思ったらまた足元サッカーと、攻撃の緒をがっちり掴みながらあっさり手放してしまう。

次の準々決勝ベルギー戦から、それともその次のオランダが来そうな準決勝、はたまたブラジルとの決勝対決が実現してから本気を出せば良いと思っているのか、それとも本当にメッシの体調不良やチームの疲労が出ているゆえの波なのか、本当に分からないのが何とも不気味である。

逆にスイスは自分たちの出来る事を全てやりきった感じ。特にゾーンディフェンスの完成度は惚れ惚れするぐらいで、中盤はマンマーク気味だったアメリカやプレスバックがルーズなアフリカ勢とはレベルが違い、メッシがドリブルで突っ込んで来ても下手なマンマークでゾーンのバランスを崩すような事はせず、決して2人のポジションがかぶる事無く均等に網をかけてのカバーリングでアルゼンチンの猛攻を117分間凌いで見せた。

アルゼンチンのドリブルやサイド攻撃の前に、スイスの守備が自陣PAの中まで押し込められる機会が非常に多く、これが日本だと守備陣がボールに振り回されてマーキングとポジショニングに穴が空き、フリーでのヘディングやミドルシュートで失点というのが目に見えてしまうのだが、スイスの選手は全く慌てずに常に互いのポジションを確認してゾーンを整え、シュートコースを丹念に消し続けていた。やはり、ここまでオートマチックでこなすにはたまの代表合宿で練習とかでは無理な話のように思えてしまう。

スイス自慢のドルミッチ、シャキリ、シャカ、メーメディの移民系選手で固めた攻撃陣は不発だったが、やはりきっちりした守備という自分たちが帰れる場所がしっかりしているのは強みであり、水物と呼ばれる攻撃を自分たちのサッカーとして据えざるを得なかった日本からすると羨ましい限りである。